第3章 【伏黒恵】君に響くカンパニュラ**
当時の私はまだ、自分のものを選ぶのが苦手だった。
どれが好きなのかも。
本当に自分で選んでいいのかも。
まだ、よく分からなかったから。
そんな時、恵くんが棚の端から一冊のノートを取って、私の前に差し出した。
『これとか……書きやすそうだし』
恵くんはただそれだけの理由みたいに言ったけれど。
私は、そのノートから目が離せなかった。
白い表紙の隅に咲いた、小さな青紫色の花。
鐘みたいな形をした花をじっと見つめていると、津美紀ちゃんが横から覗き込んだ。
『このお花、カンパニュラって言うんだよ』
カンパニュラ。
初めて聞く名前だ。
『ねえ恵、もしかして花言葉知ってて選んだ?』
『……知るかよ。適当』
恵くんは、ぷいっとそっぽを向いた。
津美紀ちゃんはそんな恵くんを見てくすくす笑うと、私の方へ向き直った。
『ふふ、ちゃんにぴったり』
私にぴったり?
似てるってこと?
よくわからないけど、そうなのかな。
でも、綺麗で、優しい色。
私はもう一度、その花を見つめた。
好き、かもしれない。
そう思えたのは、そのノートが初めてだった。
だから私は、小さく頷いた。
これがいい。
そう伝えるように――。
そうだ。
ここ……初めて私のノートを買った場所だ。
まさか、まだこのお店があったなんて。
私が呆然としている間に、恵くんは迷わずノートのコーナーへと歩いていく。
そして、あの時と同じように、一冊のノートを手に取った。
(あ、それ……)
白い表紙に、カンパニュラが淡く描かれている。
初めてのノートとまったく同じではない。
でも、どこか似ていた。
「……もうすぐ、今のなくなるだろ」
恵くんの視線が、私のバッグへ落ちる。
中には、いつも持ち歩いているノートが入っていた。
あの日から、ノートは何冊も使い切ってきた。
でも私は、いつも似たような花柄のものを選んでしまう。
最初に恵くんが選んでくれた、あのカンパニュラのノートに似たものを。
ノートを取り出して、ペンを走らせる。
『知ってたの?』
恵くんは頭をかきながら、少しだけ目を逸らした。