第3章 【伏黒恵】君に響くカンパニュラ**
進展って……。
暗い場所で。
二人きりで。
偶然、抱き合うみたいに倒れ込んで。
胸を触られて。
途中までは、確かにあの漫画と同じだった。
「詳しく教えなさいよ〜」
野薔薇ちゃんが、ニヤニヤしながら肘で私を小突いてくる。
でも、気持ちを伝えられるところで、私は結局、最後の一文字を書けなかった。
だから、教科書通りなんかじゃない。
全然、進展なんかしてない。
ちらりと恵くんの方を見ると、恵くんの肩に五条先生がべったりと腕を回していた。
先生も笑いながら、恵くんの耳元で何かを囁いている。
ここからじゃ二人が何を話しているのかは聞こえないが、恵くんのこめかみが、ぴくりと引きつったのだけは、はっきりと見えた。
(……先生、なんて言ったんだろ?)
恵くんは五条先生の腕を乱暴に振り払い、心底ウザそうな、ゴミでも見るような目で二人を睨みつけた。
「行くぞ、。こんな馬鹿ども放っておけ」
そう言い捨てると、恵くんは私の右手を掴む。
有無を言わさぬ強い力で引かれ、私はもつれるように足を踏み出した。
「ヒューヒュー! 若いねぇ〜!! 青春だねぇ!!」
「ちょっと伏黒ぉ! お礼になんか奢りなさいよ!」
五条先生と野薔薇ちゃんの騒がしい声が、夕暮れの訓練場に響き渡る。
恵くんは振り返りもせず、「うるせぇ!」とだけ怒鳴り返して、さらに歩くスピードを速めた。
恵くんに引っ張られるようにして歩きながら、私はチラリと彼の横顔を見上げた。
不機嫌そうに前を向いたままの恵くん。
けれど。
夕日に照らされた彼の耳の端は――さっき倉庫の中で見た時と同じように、まだほんのりと赤いままだった。
視線を落とすと、恵くんの大きな手が私の手をしっかりと包み込んでいる。
昔、押し入れから出してくれた時と同じように。
『また……繋ぎたいな』
倉庫の中で願ったことが、思いがけず叶ってしまった。
繋がれた手から伝わる恵くんの体温に、胸の奥がきゅうっと甘く締め付けられる。
(今だけ、時間が止まればいいのに……)
私は繋がれた手にほんの少しだけ力を込めて、夕日に向かって歩くその大きな歩幅に、一生懸命ついていった。