第3章 【伏黒恵】君に響くカンパニュラ**
(恵くん……)
私はこくりと頷き、恵くんの手のひらに左手の人差し指を落とした。
ゆっくりと文字を一文字ずつなぞっていく。
私の指先が恵くんの手のひらをなぞるたび、少し硬くて、節の目立つ感触が直接伝わってくる。
心臓の音がさらに速くなりそうだったけれど、今はそれどころじゃない。
まずは謝らなければ。
『ご』
『め』
『ん』
『ね』
私が書き終わるのを待って、恵くんは「……俺の方こそ」と短く返した。
そして、差し出したままの手のひらを、少しだけ上に上げる。
続きを書け、と促すように。
もう一度、恵くんの手のひらに指を走らせる。
「……ゴキブリいた? それで、あんな急に飛びついてきたのか」
恵くんの張り詰めていた肩の力がふっと抜けたのがわかった。
ごめんね。
だって、びっくりしたんだもん。
でも、よかった。
わかってもらえて。
恵くんが納得してくれたことに、私はほっと胸を撫で下ろした。
……けれど。
安心したのも束の間。
(……あれ? ってことは)
恵くんの『あんな急に飛びついてきたのか』という言葉が、頭の中で繰り返される。
(私、自分から恵くんに全力で抱きついたってことだよね……!?)
事故とはいえ、なんてことをしたんだと改めて自覚してしまう。
せっかく落ち着きかけた顔が、また一気に熱くなった。
(な、何か別のこと書いて誤魔化さなきゃ……っ)
まだ差し出されたままだった彼の手のひらに、再び指を走らせる。
けれど、気の利いた言葉なんて一つも浮かんでこない。
結果。
私の人差し指は、恵くんの手のひらの上で、ただ無意味な円をぐるぐると描き続けることになってしまった。