第3章 【伏黒恵】君に響くカンパニュラ**
かさり。
埃っぽい床の上を、細い脚が素早く走る。
……え。
黒くて。
艶があって。
やけに存在感のある、あの形。
「〜〜〜〜っ!?」
本能的に、一番近くにあるものへ飛びついた。
「うわ、おいっ……!」
椅子を支えていた恵くんの体に、全力でしがみつく。
突然の衝撃に、恵くんの体がぐらりと傾いた。
しまった、と思った時にはもう遅かった。
視界が大きく揺れて、私たちはもつれるようにして床に倒れ込んだ。
……あれ。
痛く……ない。
恐る恐る目を開けると、すぐ近くに恵くんがいた。
(……え)
自分が今どういう状況なのか、遅れて理解していく。
床に仰向けに倒れた恵くんの上に、私が完全に覆いかぶさる形になっていた。
恵くんの片方の腕は、私を抱きとめるみたいに背中へ回されたまま。
私の両手は彼の肩をぎゅっと掴んでいて、ほんの少し顔を動かせば、額が触れてしまいそうな距離だった。
ち、近い。
近すぎる。
恵くんの睫毛の一本一本まで見えるぐらい。
息を吸えば、恵くんのジャージと少し汗の混じった体温の匂いがした。
そして、重なり合った胸からは、トクトクと、彼自身のものか、私のものか、それとも両方か……。
うるさいくらいの心臓の音が響いていた。
「……大丈夫か」
恵くんの心配する声が、すぐそこで聞こえる。
大丈夫じゃない。
全然、大丈夫じゃない。
だって、これ。
昨日読んだ漫画と、ほとんど同じ――。
(…………!!!!)
ふと、胸元に奇妙な違和感を覚えた。
視線を落とすと、背中に回されているのとは逆の、恵くんのもう片方の手が私の胸元に触れていた。
(……ひぇ?)
しかも、恵くんはまだ状況を理解できていないのか、私を支えようとして、その手にぎゅっと力を込めた。
服越しに、手のひら全体でむにっと掴まれる。
「――っ」
思わず、身体がぴくりと跳ねてしまった。
その直後、恵くんもようやく気づいたらしい。
長い睫毛が一度、ぱちりと瞬いて。
自分の手元へ視線が下りていく。
私たちの間に、完全に時が止まったような沈黙が落ちた。