第3章 【伏黒恵】君に響くカンパニュラ**
隣にいる恵くんの気配が、思っていたより近い。
少し腕を動かしたら、触れてしまいそうな距離。
さっきから心臓がどくどくとうるさく鳴っている。
こんなに近くにいたら、この音まで恵くんに伝わってしまうんじゃないだろうか。
ちらりと隣を見ると、恵くんは膝に片腕を乗せたまま、じっと床の一点を見つめていた。
何かを考えているみたいだ。
こういう時でも、落ち着いている横顔。
伏せた長い睫毛。
少し不機嫌そうに結ばれた――唇。
な、なんでそこに目がいっちゃうの!?
見ちゃだめだってば。
恵くんの唇から目が離せないでいると、ひとつの疑問が浮かんでしまった。
恵くんは、キスをしたことがあるのだろうか。
……ある、のかな。
本人はあまり自覚してないけれど、恵くんはとてもモテる。
中学の時も、よく告白されていた。
そういう相手がいてもおかしくない。
無愛想だけど、なんだかんだ優しいし。
困っている人を放っておけないし。
それに、周りの目を引くくらい整った顔をしている。
今までずっと、恵くんのそばにいた。
でも、もし恵くんに大切な人ができたら……。
私の知らないところで。
私の知らない誰かと。
私の知らない恵くんが、少しずつ増えていくのかもしれない。
そう思ったら、胸の奥がきゅっと痛んだ。
(……やだな)
なんだか急に悲しくなってきて視線を逸らそうとした、その時。
不意に恵くんと目が合った。
「……何だよ」
み、見てたの気づかれた。
何でもない。
何でもないよ。
ノートがないせいで、首を振ることしかできない。
お願い。
今は、何も聞かないで。
恵くんは私の動きを訝しげに見ていたが、それ以上は追及してこなかった。
しばらく、倉庫の中に静けさが落ちた。
やがて、恵くんは薄暗い倉庫の中を見回して、それから少しだけ懐かしむように目を細めた。
「……そういえば、昔もあったな。閉じ込められたこと」