第3章 【伏黒恵】君に響くカンパニュラ**
「お前の言う通り、無理に壊して、中の呪物まで巻き込んだら面倒だな」
そう言ってから、恵くんはふと何かを思い出したようにポケットへ手を突っ込む。
「そうだ、スマホで虎杖あたりに――」
そこで、恵くんの動きが止まった。
ん、まさか……。
「……スマホ、ロッカーだ」
恵くんは苦い顔のまま、私を見る。
「は?」
私は首を横に振った。
それから、両手で四角い形を作って、胸の前で開く仕草をする。
続けて、何かを書くみたいに指を動かす。
そして、もう一度首を横に振った。
恵くんは、すぐに意味を察したようだった。
「……ノートもペンもないのか」
力無く頷くと、恵くんが短く息を吐いた。
ごめんね、恵くん。
私、足引っ張ってばかりだ……。
申し訳なさで胸がいっぱいになり、私はしゅんと肩を落として俯いた。
声が出せない私にとって、ノートは言葉そのものだ。
それすらないこの密室で、どうやって恵くんとやり取りすればいいのか。
不安でぎゅっと自分のジャージの裾を握りしめていると、大きな手が私の頭に乗せられた。
「……そんな顔すんな」
俯いていた顔を上げると、薄暗い中でも、私を見下ろす恵くんの真っ直ぐな瞳とぶつかる。
「俺ならお前が言いたいことくらい……ノートがなくても、だいたいわかる」
ドクン、と心臓が大きく跳ねた。
十年という時間が彼にそう言わせているのだと、頭ではわかっている。
でも、『俺なら』というその特別扱いのような言葉に、どうしても嬉しさが込み上げてきてしまう。
恵くんは私の頭から手を離すと、「まあ」と軽く肩をすくめた。
「そのうち、誰かがいないことに気づいて探しに来るだろ。少し待つか」
そう言って壁を背にし、床に腰を下ろした。
軽く膝を立てると、隣のわずかなスペースに視線を向ける。
『座れよ』と言うように。
私はこくりと頷いて、恵くんのすぐ隣に座った。
膝を抱えて、小さく丸くなる。