第3章 【伏黒恵】君に響くカンパニュラ**
――そして、現在。
「くそっ。外で何か引っ掛かってやがる」
恵くんが何度かドアの取っ手を押したり引いたりするが、重い扉はピクリとも動かない。
その横で、私の頭の中では、昨夜読んだ少女漫画の場面が勝手にめくられていた。
暗い倉庫。
幼馴染。
二人きり。
偶然の密着。
告白。
キス。
その先――。
「〜〜〜〜っ」
なんで。
なんでこんなことになってるの!?
昨日読んだ漫画と条件が揃いすぎている。
いや、これは漫画じゃない。
偶然閉じ込められただけ。
落ち着いて、落ち着いて――。
「、下がってろ」
その声に顔を上げると、恵くんが扉の前に立ち、手で影を作ろうとしていた。
足元の影がゆらりと揺れる。
術式で扉を破るつもりだ。
だ、だめ。
倉庫の中は何があるかわからないし。
無理に壊したら危ないかもしれない。
恵くんに伝えようと、私は急いでノートを探した。
あれ……ない。
そうだ。
倉庫に入る前、五条先生にノートとペンを預けたんだった。
『呪符探すのに邪魔になるでしょ。僕が持っててあげる』
そう言われて、深く考えずに渡してしまった。
スマホも、訓練前に更衣室のロッカーに置いてきたまま。
声も出せない。
文字も書けない。
どうしよう。
このままじゃ、恵くんドア壊しちゃう。
足元の影から、玉犬がぬるりと姿を現した。
低く身を伏せ、今にも扉へ飛びかかろうとしている。
(……まずい)
考えるより先に、身体が動いていた。
私は咄嗟に、玉犬に飛びついた。
「……は?」
恵くんの間の抜けた声が聞こえる。
私は玉犬の首元にぎゅっとしがみついたまま、ぶんぶんと首を横に振った。
玉犬は困ったように耳を伏せ、私を振り払うこともできずにその場で固まっている。
「おい、。玉犬が困ってる」
そう言われても離せない。
私はさらにぎゅっと玉犬を抱きしめて、もう一度必死に首を横に振った。
「……危ないって言いたいのか?」
こくこくと頷くと、恵くんは扉の方へ視線を戻し、少しだけ考え込む。
それから、ゆっくりと手を下ろした。
すると、私の腕の中にいた玉犬も、影の中へ溶けるように消えていった。