第3章 【伏黒恵】君に響くカンパニュラ**
(……恵くんの唇は、柔らかいのかな)
いつも不機嫌そうにへの字に曲がっている、彼の少し薄い唇の形が頭に浮かんだ。
もし、私が恵くんに『好き』って伝えたら。
両思いになれたら、恵くんとキスできるのかな?
その先も、漫画みたいに――?
『好き』
漫画の女の子は、声に出して思いを伝えていた。
だから、彼と結ばれて、あんなふうに触れ合うことができた。
でも、私は。
もし恵くんに思いを伝えたら……。
その瞬間に、恵くんは呪いに喰われてしまう。
このどうしようもない胸の熱の正体が「恋」だということは、もう痛いほどわかっている。
わかっているからこそ、この気持ちは一生、私の中で息を殺していなければいけないもの。
そう思うのに。
胸の奥に押し込めようとすればするほど、苦しいくらい膨らんでいく。
言えない。
伝えられない。
届かせてはいけない。
それでも、せめて。
誰にも見られない場所でなら。
誰にも届かない、私だけの秘密の場所になら。
体を起こし、机に置いてあったいつものノートを手に取った。
十年間、私の声の代わりをしてくれた大切なノート。
ペンを握り、新しい真っ白なページを開く。
誰も見ていない。
ここには私しかいない。
ペン先を紙に落とす。
胸の奥で渦巻く気持ちを、そのままインクに乗せるように。
『恵くん、す』
そこまで書いて、手が止まった。
あと一文字なのに。
その一文字がどうしようもなく重くて、恐ろしかった。
(……だめ)
文字にして、それが確かな「形」を持ってしまったら。
いつか、このページを彼に見せたいと。
この想いを届けたいと、欲張ってしまう日が来るかもしれない。
私はペンを握り直し、書きかけの言葉をぐしゃぐしゃと乱暴な線で塗りつぶした。
紙が破れそうになるくらい、何度も、何度も。
真っ黒になるまで。
その言葉を閉じ込めるように――。