第3章 【伏黒恵】君に響くカンパニュラ**
「そもそも、伏黒のどこがいいのよ。あんなの、重油まみれのカモメに火つけたりしそうな顔してるじゃない」
野薔薇ちゃん!?
そんなことない、絶対に違う!
野薔薇ちゃん、恵くんのこと誤解してる!
『恵くんは、絶対にそんなことしないもん!』
力強く、文字の下に三本も線を引いてしまった。
それを野薔薇ちゃんの目の前にバシッと突き出し、人差し指でトントンとページを叩いて猛抗議する。
だって、私は知っている。
恵くんが、不愛想な顔の裏でどれだけ優しい人なのかを。
まだ、五条先生に引き取られて間もなかった頃。
ベッドの感触になれなくて、私はよく床で丸まっていた。
夜になると、理由もわからず怖くなる。
声を上げて泣くこともできなくて、ただ毛布を被って震えていた。
すると、決まって部屋のドアが開いて、恵くんが入ってくるのだ。
涙まみれの私の顔を見ると、彼はいつもあからさまに嫌な顔をして、ちっと舌打ちをした。
怒られる。
そう思ってぎゅっと身をすくませたが、恵くんは何かを小さく呟いて、私の隣にごろんと横になった。
その頃の私には、その言葉の意味はわからなかった。
けれど、彼が私を怒りに来たわけではないことだけは、なんとなくわかった。
私が彼の服の裾をぎゅっと握りしめても、鬱陶しがるどころか、私が眠りにつくまで、絶対にその手を振り払おうとはしなかった。
次の日、硬い床で寝落ちしたせいで体を痛めて、一日中不機嫌そうに首を回していたくせに。
『恵くんは、本当はすごく優しいんだよ。すっごくだよ!』
私がさらにそう書き足して、むんっと少し頬を膨らませて見上げると、野薔薇ちゃんは降参したように両手を上げた。
「あー、わかったわかった。わかったから、そんな健気な小動物みたいな目で私を見るのやめなさい。私が悪役みたいでやりづらいわ」
「まあ、百歩譲って伏黒のほうは『無自覚な重い男』ってことにしてあげるわ」