第3章 【伏黒恵】君に響くカンパニュラ**
虎杖ならあの持ち前の明るさで、の沈黙の中へ簡単に入り込んでいくのかもしれない。
があいつを見上げて笑う。
俺の知らない合図を向けて、安心したように目を細める。
俺が知らないまま、二人の間にだけ通じるものが増えていく。
の『特別』が、虎杖のものになっていく――。
「…………っ」
気づけば、手に持っていた紙パックをぐしゃりと握り潰していた。
今までが困った時、最初に視線を向ける相手。
言葉にできない不安を、手や指で伝える相手。
人混みの中で、無意識に袖を掴む相手。
それはずっと、俺だった。
のことは、俺が一番わかっている。
そう思っていた。
けれど高専に来てから、の世界は少しずつ広がっている。
あいつが俺以外の誰かを頼れるようになることも。
俺の隣じゃない場所で、笑えるようになることも。
いいことだ。
本当は喜ぶべきことなんだと思う。
それでも。
俺が十年かけて覚えてきた合図を。
俺だけに向けられていると思っていた沈黙を。
誰かに奪われるのは、どうしても嫌だった。
の言葉にならないものを、俺だけが拾っていたい。
そんな身勝手な感情が、胸の奥に苦く残る。
でも。
自身が俺よりも、虎杖や他の誰かの隣で笑うことを選ぶのなら。
俺はきっと、黙ってそれを受け入れるしかない。
それが、家族としての『責任』なのだから。
「……くそ」
潰れた紙パックを見下ろす。
自分の中の醜い感情まで形になった気がして、どうしようもなく息苦しかった。