第3章 【伏黒恵】君に響くカンパニュラ**
おはよう。
ありがとう。
嫌だ。
おいしい。
ごめんなさい。
大丈夫。
声にも文字にもできない代わりに、あいつは手と指を動かした。
袖を引いて、視線を向けた。
俺はそれをひとつずつ覚えた。
あの合図も、その中のひとつだった。
いつ、どこでできたのかはもう覚えていない。
ただ、気づいた時には意味がわかるようになっていた。
誰かに教えるようなものじゃない。
誰かに教えられるようなものでもない。
「恵、うかうかしてるとさー」
五条先生が飲み干したカップを揺らしながら、立ち上がる。
「悠仁に取られちゃうかもよ?」
あまりにも突飛で、けれど妙にリアルな名前を出されて、俺は思わず先生を睨み返した。
「……なんで虎杖なんですか」
「えー? だって悠仁、と共通点多いじゃん」
先生は伸びをしながら、事も無げに言う。
「お互い『呪い』のせいで人生狂わされてさ。かなり特殊で、似た者同士の境遇だよね」
「それにほら、悠仁って圧倒的にコミュ力高いでしょ? あの人懐っこさならさ。の言いたいこと、ぜーんぶ感覚で分かっちゃうんじゃない?」
「……っ」
「案外、恵より早くの『声』を引き出しちゃったりしてね」
それだけ言い残すと、先生は「じゃ、伊地知が泣いて待ってるから任務行ってくるねー」と、ひらひらと手を振って食堂を出て行ってしまった。
食堂にはいつの間にか人もはけて、俺一人になっていた。
『悠仁に取られちゃうかもよ?』
先生の言葉が、頭の中で何度も繰り返される。
(……もし、の隣に立つのが、虎杖になったら)