第10章 霧の屋敷の裏側
ひと通り店を見終えた頃、ニナとキルアは広場へ戻る。
街の中心にある時計塔が正午を知らせる鐘を打った。
「お父さーん」
ちょうどいい頃合いで、シルバが馬車から降りて来た。
合流してからも、キルアは菓子を見つけてはねだりニナが支払いを済ませる。
シルバは会計を終えたニナの手元へ何気なく視線を落とした。キルアは既に焼き菓子の包みを抱え込み上機嫌で次の店先を眺めている。だが、ニナの両手には何もない。
「……お前は買わないのか」
「え?」
ニナはきょとんとした顔をした後、広場の店並みに視線を彷徨わせる。
ガラス越しに輝く宝石。
鮮やかな色布。
香油や銀細工。
どれも綺麗だとは思う。だが、自分が持つ姿が上手く想像できない。
「私は付き添いですので」
そう言って控えめに微笑む。
シルバはニナをじっと見下ろし、それから厳しい顔を浮かべる。
「渡した金はちゃんと使うものだ。ほら、何か選べ。せっかく街まで来たんだ」
「ですが……」
そんなニナだがふと、思い出す。
「……あ! そう言えば、欲しいものがありました」
先ほどの宝石店に戻ったニナは少し照れながらも、柔らかい笑顔で小さなレースの付いた針ケースを選んだ。
「そろそろ何か腹に入れるか」
そう言いながら歩き出したシルバは、広場から少し入った路地にある落ち着いた雰囲気の喫茶店を指差した。
店内は暖かな木の内装で、穏やかな会話とコーヒーの香りが漂ってくる。
三人はテラス席のテーブルに座り、シルバが注文したコーヒーとホットチョコレート、軽いサンドイッチが運ばれてきた。
ニナは裁縫セットの包みを膝に置きながら、街行く人の様子を眺めていた。
「皆さん、楽しそうですね」
「そうだな」
シルバはチョコレートで口の周りを汚すキルアの頭を大きな手で軽く寄せる。
「たまにはこうして出掛けるのも悪くない」
店内の他の客たちが談笑する中、この家族は少し離れた世界のように、ほのぼのと時間を過ごした。