第17章 探究者達
エレオノーラは再びイルミの側へ行った。
「先生」
「……ん」
「こちらですが、ナチュラルがないため和音がかなり濁るそうです。先生のご意図か確認したいと」
イルミはペンを止めないままもう一方の手を差し出す。
「見せて」
譜面を受け取って一瞬視線を落とす。
「ああ、そうだね」
黒い瞳は瞬きすらしなかった。
「抜けてた。ごめん」
ペン先がナチュラルを書き加える。
「これで合ってる」
「承知いたしました」
写譜師は静かに頭を下げた。
エレオノーラは思わず何度か瞬いてしまう。
(こんな書き漏れを……? 先生が?)
エレオノーラはイルミから受け取った譜面を写譜師へと差し出した。受け取った写譜師の顔はいつになく険しい。
写譜師は口を開きかけ、……閉じる。
それでも意を決したように、エレオノーラを見据えた。
「……先生、お疲れではありませんか」
「……」
イルミを見つめるエレオノーラに写譜師は耳打ちした。
「殿下、ちょっと此方へ」
写譜師は廊下に出ると静かに譜面を抱え直した。
「……やりようでは、今ご提出いただいた分だけでも、開幕することは可能かと存じます」
エレオノーラは少しだけ目を伏せた。
それから、小さく微笑む。
「無理ですわ」
「しかし……」
「先生には、そんなことは出来ません」
イルミのペンは今も休むことなく動き続けているだろう。
「一小節でも」
「……」
「一音でも」
「……」
「最後の最後まで、音を探し続けます」
写譜師は息を飲み込んだ。
「開幕の日まで」
写譜師は黙ってしまった。
困った先生だ……。
顔にはそう書いてあった。
やがて、小さく息を吐く。
「……承知いたしました」
写譜師はまた譜面を抱え直し、きっぱりと言った。
「写譜室の増員を手配します」
「……」
「劇場に掛け合ってみます。予算との戦いになりますが……」
エレオノーラの青い瞳が瞬いた。
「我々も最後までお供いたします」
写譜師は深く一礼し、静かに廊下を去っていった。