第10章 霧の屋敷の裏側
朝のゾルディック家は、珍しくざわめきに満ちていた。
正面玄関の石畳では、使用人たちが慌ただしく馬車の準備を進めていた。革の軋む音、馬の蹄鉄が石を打つ響きが、冷えた朝の空気に長く尾を引く。
その様子をシルバ・ゾルディックは外套を羽織りながら静かに見下ろしていた。今日は街での定期視察と幾つかの商談がある。半日ほど屋敷を空ける予定だ。
「お父さん、どこへ行くの?」
広間へ駆け込んできたキルアが、ぱっと顔を上げた。
「街だ」
「街!? オレも行きたい!」
シルバは口元をわずかに緩めた。
「キル。一緒に行くか」
「やりー!」
銀髪を揺らしながらキルアは飛び跳ねる。
その様子を横目に、シルバは少し離れた場所に立つ長男へ視線を移した。
「イルミ。たまにはお前もどうだ?」
イルミは一瞬だけ長い睫毛を上げたが、すぐに興味を失ったように目を逸らす。
「……いいよ、俺は。そろそろ曲書きたいから」
いつになく素っ気ない返事だ。
シルバは特に気を悪くした様子もなく、ただ静かに頷いた。
近頃、長男が自分を避けていることなどとうに気づいていた。
それでも敢えて声を掛けたのだった。
「そうか」
短く返したところで、奥のソファへ腰掛けていたキキョウがゆったりと口を開く。
「貴方。カルトはまだ長時間の馬車移動は難しいですわ」
その腕の中で、幼いカルトが母親の胸に凭れかかり、うとうとと目を細めている。
「わたくしたちは留守番をいたします」
「悪いが任せたぞ」
シルバが低く言うと、キキョウは優雅に微笑んだ。