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【H×H イルミ】黒と白のアリア

第24章 別離


執事が部屋を出ると、エレオノーラは再び新聞へ目を落とした。
紙面の中では、イルミがすぐ隣にいる。

《婚約発表も間近?》

思わず笑いそうになった。

次に会える日さえ、知らないのに。

ひとつ手続きが終わるたびに、イルミをこの国につないでいた糸が、一本ずつ切れていくようだった。


エレオノーラは窓の外へ目を向けた。

夏には青々と茂っていた街路樹も、いつの間にか黄色く色づき始めている。王都を照らす陽射しはやわらぎ、石畳には長い影が落ちていた。その通りの先、あのアパートのある一角は、薄い灰色に霞んでいた。
白んだ空を、雲が静かに渡っていく。

それをただ、エレオノーラはもう、ただ静かに眺めていることができなかった。
せめて、今度の祝賀会だけは来てほしい。もう、その先に会える約束はない。
もし会えたなら、今度こそ聞きたかった。

――あの日々は、彼にとって何だったのか。

稽古場でふと重なった視線。
何か言いたげにこちらを見つめる黒い瞳。
忙しそうにしているくせに、舞台袖で時折ふっと足を止めてくれた。近くで交わした短い言葉。いつもの低い声は、冗談なのか本気なのか曖昧で、どう受け取ればいいのかその度に分からなくなった。

あの日もそうだった。
散らかった楽譜を前に、二人で同じ旋律を何度も繰り返した。何度目かの重なりの合間に、ほんの小さな笑みを浮かべたように見えた。
楽譜を、すっと覗き込む横顔。
不意に触れた温もり。
あれはすべて、ただの仕事だったのだろうか。

彼はいつも、確かなことは何も言わなかった。こちらが何かを尋ねようとしても、まるで意味などどこにも存在しないように、あっさりとかわしてしまう。だから、今度こそ――。

今度こそ、終わらせたかった。
いつものようにかわされるよりは、残酷でもいいから、イルミ自身の言葉で終わらせてほしかった。

けれど、その前に一度だけ。

自分だけではなかったと知りたかった。あの日々のどこかで、ほんの一瞬でも。
彼も同じものを見ていたのだと。

そう言ってほしかった。

それが、王女として生きる彼女の、人生で一度きりの本気のわがままだった。


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