第24章 別離
「楽曲の公演権に関する契約事項と、今後の上演に際しての王立劇場への引き継ぎについて。それから、改訂箇所をまとめた譜面が数点でございます」
「……それだけ?」
「はい」
「私宛てのものは?」
執事はわずかに間を置いた。
「ございません」
「……そう」
エレオノーラは新聞の端を指でなぞった。
「あの……引き継ぎって?」
「今後の上演は、王立劇場の楽長が指揮を執ることになっております。先生から総譜と修正箇所、それから稽古に関する記録もすべて引き渡されたということです」
「では……先生は、もう?」
「通常の公演に立ち会う必要はございません」
執事が静かに言ったその言葉が、ひどく決定的なものに聞こえた。
エレオノーラは、上演するまでのことを思い出す。
初めて稽古場に入った頃、歌手たちは何度も立ち止まり、楽団はイルミの指示を待っていた。舞台装置の動きひとつにも確認が必要で、彼はそのたびに譜面を開き、細かな修正を重ねていた。
けれど幕が上がってから二度目、三度目と公演を重ねるたび、舞台は確実に安定していった。
六度目には、歌手たちは自分の役を知り、楽団は音楽の流れを知り、舞台裏の者たちも、どの瞬間に何を動かせばよいのかを全て知っていた。
イルミが何も言わなくても、《花冠の行方》は最初から最後まで滞りなく進んでいくようになっていた。
それは、彼が何か月もかけて作り上げたものだった。
そしてもう、その仕事が終わったのだ。
「これからは、先生がいなくてもできるということ?」
「はい。それが、作品が劇場のものになるということです」
「……成功したから?」
「ええ。大変な成功だったからこそ、でございます」
エレオノーラは黙り込む。
作曲家がいなくても、作品は生きていく。
次の指揮者が振り、別の歌手が歌い、何年か後にはまた新しい舞台が作られるかもしれない。
それは喜ぶべきことだった。
《花冠の行方》は、イルミ一人の手の中にある新作ではなくなった。
けれど、それは同時に、イルミが王宮へ来る理由もなくなったということだった。