第23章 喝采のあと
ニナは窓辺の書き物机に向かった。それから便箋を広げ、羽ペンを手に取る。そこで手が止まった。
手紙など、ほとんど書いたことがなかった。
ライネルからは何度か便りをもらったことがある。
そのたびに、キキョウに急かされるようにして返事を書いた。
変わりなく過ごしていること。
美味しいものを食べたこと。
綺麗なものを見たこと。
それが面白かったこと。
言われるままに、そんな当たり障りのない話で便箋を埋めていった。
ニナは改めて便箋に目を落とした。
しばらく考えてから、ゆっくりと書き始めた。
ライネル=ヴェルハイト様
私は今、グランツェ王国におります。
以前お話しした通り、兄が指揮をしておりますゆえ、家族でオペラを観覧するために参りました。
オペラを観るのは初めてでした。
とても大きなものに触れ、その迫力に飲み込まれてしまいそうです。
感動したというのとも違います。
大勢の人が、街じゅうで歌曲を口ずさんでおります。
大変すごいことなのだと思います。
ただ、私のことを言えば、不思議と少し落ち着かないような気持ちになり、それならと見つめ続けるのをやめた時、自然と貴方のことが浮かんできました。
お仕事は順調でしょうか。
あとひと月とのことですが、帰りの航海もどうかお気をつけください。
あなたが帰ってくる日を、心よりお待ちしております。
ニナ=ゾルディック
最後の一文を書いてから、ニナはペンを止めた。
しばらく、その文字を見つめる。
少し大げさだっただろうか。
キキョウに習った文面はもっと優雅に流れていた気がする。
書き直そうかと思った。
けれど、やめた。
嘘ではなかった。
本当に、早く帰ってきてほしかった。
ニナはインクが乾くのを待って、便箋を丁寧に折った。
さっきまで王都のどこかで鳴っていた旋律は、もう聞こえなくなっていた。
あとひと月。
その日が楽しみだった。