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【H×H イルミ】黒と白のアリア

第23章 喝采のあと


旅先から手紙を書く人のためのものなのだろう。ホテルの名が入った薄いクリーム色の便箋が封筒と一緒に何枚か重ねられている。

ニナはなんとなく一枚を手に取った。
そして、頭に浮かんだのがライネルだった。
それだけで、胸の奥がふっと少しだけほどけた。


あとひと月。
ライネルが帰ってくる。
そうしたら、いよいよ結婚の準備が始まる。
以前なら、そのことを考えると何かが胸につかえた。けれど今は――――


ライネルと暮らす邸宅。
窓を開ければ海風が入り、遠くから船の鐘が聞こえてくる。
朝になればライネルは港へ出ていくのだろう。入港する船のこと、倉庫に運び込まれる荷のこと。商人たちとの話し合いもある。きっと毎日忙しい。

自分はその間、何をして過ごすだろう。市場へ出かけて、見たことのない食材を探すのもいい。料理を作り、帰ってきたライネルに食べてもらう。
夕食の席では、その日にあったことを話す。ライネルは港で起きた出来事を、自分は市場で見つけたものや、料理の失敗を。彼はきっと、あの港でそうしたように、面白そうに話を聞いてくれるだろう。
時には意見が合わないこともあるかもしれない。
それでも、翌朝になればまた同じ家で目を覚ます。

そんな日々が続いていけばいい。
毎日が楽しいばかりでなくてもいい。

あの人となら、困ったことがあっても、話し合いながら暮らしていけるような気がする。

ニナはそっと息をついた。

以前は、結婚したあとの自分をうまく思い描けなかった。ただ知らない場所へ連れていかれ、知らない暮らしが始まるのだと思っていた。

けれど今は違う。
あの港には、見覚えのある道がある。

声をかけてくれた人々がいる。

そして、隣で穏やかに笑っていたライネルがいる。

そう思うと、胸の奥が静かに温かくなった。
この先、自分にも暮らしていく場所がある。
それが、何よりも安心だった。
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