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【H×H イルミ】黒と白のアリア

第23章 喝采のあと


その頃、イルミは馬車の中にいた。

膝の上には譜面が広げられている。

車輪が石畳の継ぎ目を拾うたび、五線が小さく揺れる。

イルミは一つ音を消した。

書き直す。

しばらく見て、また消した。

「イルミ様」

向かいに座った執事が手帳を開いた。

「明日の午後はベルンハルト侯爵邸へ。その後、夕刻より――」

「うん」

イルミは譜面から顔を上げなかった。

「それから、来週の演奏会ですが、先方より曲目の変更を希望する旨が――」

「ちょっと待って」

ペンが止まる。

「……ここ、息が足りないな」

「はい?」


イルミは一小節前へ戻った。

音を一つ抜く。

その先を書き直す。
頭の中で鳴らし、首を傾げた。

「まだ違う」


執事が譜面を覗き込んだ。

「それ、《花冠の行方》のアリアですよね」

「そうだよ」

「まだ修正なさるんですか?」

「うん」

「ですが、公演はもう――」

「オペラはあれでいいよ」

イルミはあっさり言った。

ペンの先が、また五線へ戻る。

「……では、なぜ?」

「このアリアは未完成だから」

また一音を書き足す。

「……そうなのですか」

「うん」

それ以上、説明する様子はなかった。

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