第22章 幕開け
客席のあちこちで、俯く者がいた。
黒い喪章をつけた年老いた女がハンカチを目元へ当てた。
その少し後ろでは、軍服の男が目を閉じていた。
老いた男が、隣の空席に置いていた帽子を膝へ移した。
誰も声を上げなかった。
誰も同じものを失ったわけではなかった。
彼らが何に泣いているのかは、もう判然としなかった。
王女の恋なのか。
死んだ兵士なのか。
終わった戦争なのか。
自分自身が失った何かなのか。
それらの涙は、同じ音楽の中で流れた。
耐え難いほど美しい旋律の中に、流れていった。
やがて王女の旋律に、第一幕から繰り返されてきた主題が重なった。
戦勝を告げた旋律だった。
だが今はもう、一つの国が戦争に勝ったというだけの旋律には聞こえない。
失われたものを抱えたまま、それでも生きていく人たちの音楽になっていた。
観客は戦争を忘れたわけではない。
死者も、焼けた村も、勝者も敗者も、すべて見た。
それでも三時間後、戦争という巨大な出来事は、一人の女が、一人の男に生きていてほしかったという、ひどく単純な願いにまで絞られていた。
そこへ、第一幕の主題を戻す。
同じ音だ。
けれど、もう誰も拳を上げない。
すべて、楽譜に書いた通りだった。
置いた音が、置いた場所で鳴っている。
それだけのことだ。
なのに今、イルミの背後では数百人が泣いている。
脚本通りだ。
何を見せ、どこへ視線を絞り、最後に何を残すかが、巧妙に設計されていた。クロロ=ルシルフルによって。
遠くで、祝砲が鳴った。
花冠が運ばれてくる。
国が勝った証だった。
イルミは音によってそこに、戦争の記憶に新しい感情を縫い付けていく。喪失と愛が同じ旋律の中に響くように。とどのつまりは戦勝プロパガンダだ。
王女は静かに頭を垂れた。
花冠が、その髪に置かれた。
客席から、すすり泣く声がした。
イルミの背筋を、ぞくりと何かが駆け上がる。
ほんのわずかに、口角が上がった。
イルミはもう一度、腕を上げた。