第22章 幕開け
第三幕。
物語は、不思議なほど静かになった。
戦場を埋めていた大勢の兵士が消え、王宮を走り回っていた貴族たちも消え、残ったのは広い宮殿の一室に、ひとりで立っている王女だけだった。
祝賀のために整えられたドレスは、これまでのどの場面よりも美しかった。
淡い光を受けた刺繍が、彼女が息をするたびにかすかに煌めく。
高く結われた髪には宝石が編み込まれ、白い首筋に光が落ちている。
彼女は花冠を受け取る。
国中がそれを待っている。
けれど王女は、鏡の中の自分を見ていない。
窓の外を見て、一人の男のことを考えていた。
戦争の最中。
彼女は一人の男と出会っていた。
敵国の将校だった。
やがて戦況は王女の国が優勢になり、男の部隊には撤退命令が出た。
彼には帰る場所があった。
馬もあった。
仲間も待っていた。
夜明けまでに国境を越えれば、生きて帰ることができた。
男は一度、王都を離れた。
けれど、その夜。
戦火が宮殿の一角にまで及んだ。
王女がそこにいると知って、男は馬を返した。
「どうして」
王女が言ったとき、男は答えなかった。
彼女を見つめ、手を取った。
そして王女を逃がし、彼は死んだ。
王女は生き延びた。
舞台には、再び王女一人が残った。
長い前奏のあと、王女が歌い始めた。
もう国のことは歌わなかった。
戦争のことも。
勝った者のことも、負けた者のことも。
ただ、もういない男のことを歌った。
一緒にいたかった。
ただ、それだけだった。
国が勝ったことも。
彼が敵国の人間であることも。
自分が王女であることも。
その願いの前では、ひどく遠いものに思えた。
オーケストラから音が消えていった。
金管が止み、木管が消え、最後には弦だけが彼女の声を支えていた。
広い劇場に、王女の声が響いた。
その歌声は、泣いているようだった
会いたい。
旋律だけが、その願いを運んだ。
旋律は高く、澄んでいた。
失われたものほど美しく見えるように。
届かなかったものほど、永遠に残るように。