第22章 幕開け
開演を待つ王立劇場には、まだ芝居とは関係のないざわめきが満ちていた。
王侯貴族の集う一階席では、挨拶を交わす声があちこちで聞こえ、二階のボックス席では扇の陰で女たちが囁き合っている。
軍服の胸に勲章を並べた男たち。外国の使節。議員。商人。新聞記者。
今夜ばかりは、王都に名のある人間のほとんどが、この劇場へ集められたのではないかと思えるほどだった。
開演を告げる鐘が鳴った。
それでも、ざわめきはすぐには消えない。
「三時間だそうだ」
男がプログラムを眺めながら言った。
「何が?」
「これが」
「三時間もあれば、たっぷり眠れるな」
懐中時計を取り出す男を見て、隣の男が眉を上げる。
「寝るのは構いませんが、あとで感想を聞かれたときのために、あらすじくらいは覚えて帰ってくださいよ」
「君が起きていろ。あとで教えてくれたまえ」
「私だって寝ますよ」
小さな笑いが起こった。
戦争には勝った。
王子は間もなく正式に元帥に叙任される。
街には戦勝旗が掲げられ、連日のように祝宴が開かれている。
今さら、その勝利を三時間かけて見せられるらしい。
誰も大声では言わないが、そう思っている者は少なくなかった。
別の席では、婦人が扇を口元へ寄せていた。
「王女殿下もお出になるのでしょう?」
「主役だそうですよ」
「まあ。それなら衣装だけでも見て帰りましょう」
「まあ、音楽を聴きに来たんじゃないの」
「王家の戦勝劇でしょう。何を期待するのよ」
また笑い声が漏れた。
やがて客席の灯りが落ちた。
話し声がひとつ、またひとつと消えていく。
咳払い。
椅子を引く音。
最後まで囁いていた女が扇を閉じた。
イルミが指揮台へ上がった。
一礼する。
静寂の中で、腕を上げた。
最初の一音は、金管だった。
続いて弦が走り出す。
重々しい軍楽ではなかった。勝利を誇示するような響きでもない。
それは、意外なほど明るい音楽だった。
弦が軽やかに駆け上がり、その後を木管が追う。
旋律が、光のように劇場の中を進んでいく。
先ほど懐中時計を気にしていた男が、舞台へ目を戻した。
扇を閉じた婦人も、そのまま動かなかった。
旋律が今度は楽器を増やして、もう一度繰り返される。
劇場いっぱいに音が広がったところで、幕が上がった。