第22章 幕開け
九月十日。
開幕直前の劇場は、どこも落ち着かなかった。
舞台裏では衣装係が走り、歌手たちは最後の発声を繰り返している。
オーケストラの楽屋でも、弦を確かめる音や管楽器の短い音階があちこちから聞こえ、取り留めのない話し声が途切れなかった。
昨日まで室内履きで歩き回っていたウイングも、今日ばかりはさすがに正装していた。
その隣では、白いシャツにサスペンダー、膝丈のズボンを穿いたズシが、落ち着かない様子で何度も自分の手を握ったり開いたりしていた。
その少し離れたところでは、楽団員たちが楽器の準備をしながら話している。
「昨日、寝れた?」
「二時間」
「俺は一睡もしてない」
そう言いながら視線がふっと部屋の隅へ行く。
肘掛け椅子に座ったまま、イルミが目を閉じている。
「……寝てる」
「よく寝られるな」
「起こす?」
「やめとけ。ここ何日寝てないと思ってる」
一人が壁の時計を見た。
「……まだいいだろ」
「……」
イルミは椅子の背にもたれるようにして静かに寝息を立てていた。
その様子を見ながら、一人が手に持っていた譜面を畳む。
「でも、先生……」
「ん?」
「なんつーか……寝てると、普通にガキだな」
もう一人も畳んだ譜面を脇に挟み、覗き込む。
「いや、ガキっていうか……なんか綺麗じゃね?」
「分かる! 普段あんな怖いのに」
「女みたいな顔してるよな」
「お前、それ本人に言ってみろよ」
「絶対、嫌だ」
思わず周りにいた数人が吹き出す。
「しーっ」
「静かにしろ」
「聞かれたら殺されるぞ」
「寝てるから平気だろ」
その場にいた全員の視線がイルミへ向く。