第21章 最後の小節
「……」
「先生?」
「いた」
「何がです?」
イルミはズシを指した。
「ティンパニ」
「え?」
ズシがきょとんとする。
「ズシ」
「は、はい」
「お前が打て」
「……自分が?」
「一打だけ」
「で、でも、自分、ティンパニなんてやったこと――」
「大丈夫。ずっとリハーサル見てただろ」
イルミは譜面を一枚抜き取った。
「こっちおいで」
「お、押忍!」
ズシは慌てて駆け寄った。
渡された譜面を覗き込む。
長い休符が続いている。
目で追っていくと、そのいちばん最後に、ぽつんと一つだけ音符があった。
「……これだけっすか?」
「これだけ。できる?」
ズシはもう一度、音符を見た。
それから勢いよく顔を上げる。
「押忍!」
横からウイングが譜面を覗き込んだ。
「ズシ! これはすごいですよ。王立劇場史上、最年少の奏者ではありませんか?」
「えっ」
ズシの目が輝いた。
「オペラを鑑賞するだけでも素晴らしい経験ですが、まさか出演できるとは。これはきっと今後の修行にも――」
「師範、話はあとにしてくださいっす!」
「おや」
「ゾルディック先生! よろしくお願いします!」
「うん。じゃあ数えるよ」
「……数える?」
「さっそく稽古するに決まってるだろ」
イルミが指揮棒を取った。
「押忍!」
ズシは慌ててティンパニの前に立つ。
マレットを握る両手に、ぎゅっと力が入る。
イルミが棒を上げた。
一拍。
二拍。
三拍。
――ドン。
低い音が、舞台いっぱいに響いた。
「遅い」
「押忍!」
「もう一回」
「押忍!」
再び、指揮棒が上がる。
ズシは今度こそ、とイルミの手を凝視した。
――ドン。
「早い」
「押忍……!」
「力も入りすぎ。そんな緊張しなくていいよ」
イルミはもう一度、棒を構えた。
「一個しか音ないんだから」
「それが緊張するんすよ!」
ウイングが横から穏やかに頷いた。
「分かりますよ、ズシ。一音しかないということは、その一音に思いのすべてが――」
「師範! 少し静かにしてもらえますか」
「はい、はい」