• 小
  • 中
  • 大
  • テキストサイズ

【H×H イルミ】黒と白のアリア

第21章 最後の小節



「将校、最初から歌って」

男が息を吸った。
指揮も前奏もないまま、将校の声だけが舞台に響いた。
イルミは譜面を見ながら静止し、待っている。
旋律が少しずつ高くなる。
昨日までなら、そのまま将校の声が頂点まで駆け上がるところだった。

その直前で、イルミが弓を入れた。
歌声の中から、一本の音が現れた。
男の声はそこで低い旋律へ折れる。
その頭上を、ヴァイオリンだけがさらに昇っていく。

旋律は切れていない。
声が潜っただけで、そのまま先へ続いていた。
ヴァイオリンが頂点を越え、イルミが男に視線をやる。

男が声を戻した。
再び歌と主旋律が重なる。
イルミはそこで弓を止めた。


「これならできるでしょ」

男は譜面とイルミを交互に見た。

「……できます」

「じゃあ、これでいく」

イルミはヴァイオリンを下ろした。
男はしばらく譜面を見つめていたが、やがて顔を上げる。

「やります」

今度は迷いがなかった。

「やらせてください」

「先生」

また声が上がった。

「先生が合唱でヴァイオリンに入られるなら、指揮はどうなさるんです?」

「ああ、そうだね。それは――」

イルミはウイングを見た。

「指揮は、ウイングさん。あんたにお願いしたい」

「……私が?」

ウイングは自分を指した。

「全部覚えてるだろ」

「それは、まあ……」

「じゃあ頼んだよ」

あまりにも簡単に決められて、ウイングはしばらく黙っていた。
やがて姿勢を正すと、柔らかく笑った。

「……承知しました。謹んでお引き受けいたします」

「うん」

「ただ――」

ウイングが譜面へ目を落とした。

「私が指揮に入るとなると、ティンパニが空きますね」

イルミの手が止まった。

「終曲の?」

「ええ」

イルミは譜面をめくった。

終曲。

すべての楽器が止まり、ほんの一瞬、劇場から音が消える。
その静寂を破るようにティンパニが一度だけ鳴り、その一打を合図に最後の合唱が始まる。

「ここはいる」

イルミは音符を指した。

「では、誰かほかの打楽器奏者に――」

「いや」

イルミは顔を上げた。
何かを探すように室内を見回し、その視線が隅で止まる。
/ 284ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp