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【H×H イルミ】黒と白のアリア

第21章 最後の小節



「先生」

声がして、イルミが鏡越しに入口を見た。

いつからそこにいたのか、扉のそばに写譜師が立っていた。

「何?」

イルミはエレオノーラから手を離し、振り返る。


いつもなら抱えているはずの譜面も、今日は持っていない。

「どうしたの」

写譜師はすぐには答えなかった。

部屋にいる衣装係たちへ目をやり、エレオノーラを見た。
それから、ようやくイルミへ視線を戻す。

「……少し、よろしいでしょうか」

「ここでいいよ。着替えてるだけだから」

「ですが」

写譜師は黙った。

その顔を見て、衣装係の手が止まった。

「テノールのことで、お話が」

イルミの目が、わずかに変わった。

「……テノールが、明日の稽古に来られなくなりました」

「明日の話?」

「……いえ。公演にも出られません」

部屋の空気が変わった。

「なんで」

写譜師はもう一度、周囲を見た。

「……外へ」


二人は廊下へ出る。

扉が閉まるのを待ってから、写譜師は声を落とした。

「息子さんが、仕事先で問題を起こしたそうです」

「問題って?」

一瞬の間があった。

「……盗みです。先ほど役人が家へ入ったそうです。本人も帰宅し、事情を聞かれています」

イルミは眉ひとつ動かさなかった。

「でも、本人が盗んだわけじゃないだろ」

「そうですが……」

「歌えるんでしょ」

「……劇場側は、出演を認めない方針です」

「なんで歌えないの」

写譜師は言葉に詰まった。

「……音楽だけの話では済まないんです。劇場には、劇場の事情があります」

イルミはしばらく黙っていた。
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