第21章 最後の小節
グランツェ王都。
九月に入っても、午後の陽射しにはまだ夏の名残があった。
白い石造りの建物が陽を照り返し、大通りには馬車の車輪と人々の靴音が絶えない。
街には兵士の姿が増え、宿屋はどこも埋まっている。
家々には旗が掛けられ、広場では職人たちが仮設の観覧席を組んでいる。
その向こうからは、軍楽隊の練習する音が聞こえてきた。
王都そのものが、少しずつ祝祭の日へ向かって熱を帯びていた。
けれど、建物の影へ入ると少しだけ空気が違った。
王都へ来るのは初めてだった。
店先に積まれた果物を覗いたり、見慣れない菓子の名前を読んだりしながら歩いていると、ふと、建物の壁に貼られた紙が目に入った。
商店の知らせや貸し部屋の案内に混じって、一枚だけ大きなものがある。
通り過ぎかけて、ニナは足を止めた。
九月十日、開幕
王立劇場
新作歌劇――《花冠の行方》
その下には、出演者らしい名前がいくつも並んでいた。
知らない名前ばかりだった。
何気なく目で追っていく。
作曲・指揮――イルミ=ゾルディック
「……」
通りがかった二人の貴婦人が、同じ紙の前で足を緩めた。
「来週ね」
「王女殿下がお歌いになるのでしょう?」
二人はそんなことを話しながら、そのまま行ってしまった。
風が吹いた。
ポスターの端が、ぱた、と壁を叩いた。
陽の当たる石畳はまだ白く眩しい。
けれど風だけは、もう夏のものではなかった。
ニナは何気なく胸元に手をやった。
服の下に、小さな硬いものが触れる。
指で辿っていき、それを握った。
ライネルから預かった護符だった。
紙の上にあるイルミの名前とは違って、それは掌の中にあった。
ニナはしばらく握っていた。
――潮の匂いを思い出した。