第20章 王女のアリア
エレオノーラは息を呑んだ。
それから、深く頭を下げる。
「申し訳ありませんでした」
「……」
「もっと先生の旋律を活かせるよう、歌い方を直します。どうか、もう一度ご指導いただけませんか」
しばらく沈黙が流れた。
やがて、イルミが小さく息を吐く。
「……ごめん」
「……」
次の瞬間、ふわりと身体が包まれた。
「……!」
イルミがエレオノーラを抱き締めていた。
力を込めることもなく、ほんの一瞬だけの短い抱擁だった。
「俺が間違ってた」
「……先生?」
イルミはゆっくり身体を離した。
そして机へ戻ると、散らばった紙の中から一冊の楽譜を取り上げた。
「……エレオのために書き直した」
差し出された譜面を受け取る。
表紙には、見慣れた筆跡で曲の題が記されていた。
その下に、小さくもう一行。
《Für Eleonora》
——エレオノーラのために。
エレオノーラは目を見開いた。
ページをめくる。
旋律は同じ。
けれど、高音へ上がる流れも、息継ぎの位置も、音の運びも違う。
昼間、自分が何度やっても上手く歌えなかった箇所が、一つずつ書き換えられていた。
「これなら……歌いやすいと思う」
静かな声だった。
エレオノーラは楽譜を胸に抱く。
視界が滲みだす。
「先生……」
イルミは少し気まずそうに視線を逸らした。
「写譜、お願いできる?」
エレオノーラは何度も頷いた。
「ええ」
涙を拭いながら笑う。
「もちろんです」
その返事を聞いて、イルミもようやく小さく笑った。