第21章 最後の小節
そう思って閉じた瞼の裏に、一瞬だけ黒い髪が浮かんだ。
白い顔。
その真ん中にある、何を考えているのか分からない大きな黒い目。
どうして、今。
そう思ったのに、不思議と胸はざわつかなかった。
ただ、ずっと昔に聞いた音を思い出したように、その顔が浮かんで――消えた。
ニナは目を閉じたまま、ライネルの背へ腕を回した。
自分から、もう少しだけ近づいた。
ここにいていいのだと思えた。
やがて、ライネルの唇が離れた。
しばらく、どちらも何も言わなかった。
ライネルがニナの髪を撫でた。
「行ってくる」
「はい」
今度は、ちゃんと笑えた。
「いってらっしゃい」
王都の大通りを走る馬車の音に、ニナは顔を上げた。
目の前には、まだ同じ紙がある。
イルミ=ゾルディック。
ニナはもう一度、その文字を見た。
それから、いちばん上に記された日付へ目を移した。
九月十日。
あと、数日。
「……もうすぐなんだ」
誰に聞かせるでもなく呟いた。
通りを抜けた風が、ニナの髪を揺らした。
冷たい、とまではいかない。
ただ、八月にはなかったものが混じっていた。
ニナは帽子を押さえながら、前を歩く家族のあとをついていった。