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【H×H イルミ】黒と白のアリア

第20章 王女のアリア


イルミは目を逸らさなかった。
けれど、その目にはもう二人の姿など映っていない。

エレオノーラが悪い。
ヴァイオリンも集中していない。
今日は全体的に出来が悪い。

「違う!」

――違う。
細い音が鳴った。
高く、鋭いまま消えない。
耳鳴りだった。

「先生?」

ウイングが声をかける。

イルミは返事をしなかった。
こめかみのあたりが脈打っている。
暑い。――そう思ったのは、その日初めてだった。


エレオノーラが肩を上下させながら立っている。
その向こうでは、ヴァイオリン奏者が俯いたまま弓を握り直していた。
誰も喋らない。
ただ、イルミが次に何を言うのかを待っている。


「――先生?」

ウイングの声が、ひどく遠く聞こえた。
返事をしようとして、息をすることしかできなかった。

イルミはもう一度目の前のエレオノーラを見た。
彼女もまた、息をしていた。
浅く。何度も。
譜面を胸元に抱きしめ、ただ次の言葉を待っている。
その姿を見ているうちに、ふいに何かが解けた。
指揮棒を握る指から、力が抜けた。

全部、知っている。
なぜ知っているのか。

その瞬間、胸の奥が冷えた。

この曲は、もう覚えてしまっている。
楽譜に書かれていない呼吸まで。


「……今日は、ここまで」

静かな声だった。
誰もすぐには動かなかった。
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