• テキストサイズ

【H×H イルミ】黒と白のアリア

第20章 王女のアリア



「もっと……自然に」

「自然に……?」

「そう」

「どうすれば……」

イルミの眉間に深く皺が寄った。
説明できない。
けれど、耳には聞こえている。
もっと息が流れる。

そこでは、そんなふうに声を張らない。

語尾は飾らず、そのまま落ちる。

その音は、ほんの少し掠れて――。

「もう一度」

エレオノーラは何も言わなかった。

前奏が始まる。
一度、大きく息を吸う。
歌い始めた。
息を長く。

声を細く。

響きを抑える。

語尾を消す。

「違う」

エレオノーラの肩が、わずかに揺れた。
何度か呼吸をしてそれから顔を上げた時、イルミの視線はもう彼女に向いていなかった。

「全然違う。もっとこう自然に歌ってよ」

「……はい」

「もう一度」

もう一度息を吸う。

「……っ」

声が出なかった。
エレオノーラは胸元を押さえた。

胸ばかりが持ち上がり、浅い呼吸だけが漏れる。

「すみません」

掠れた声だった。

「もう一度……やります」

「……うん」

楽団員の一人が、黙って額の汗を拭った。

イルミが指揮棒を上げる。
前奏が流れエレオノーラが歌う。
一音目から、声が震えていた。


違う。
その呼吸じゃない。
違う。
その響きじゃない。
頭の奥で、正しい旋律が鳴っている。
目の前の声と重なり、ほんのわずかにずれる。

イルミの指先に、わずかに力がこもった。
指揮棒が上がり、ヴァイオリンへ鋭く振られる。まるで何かを射抜くような動きだった。

「――っ」

奏者の肩が跳ねた。
弓が弦を掠め一音が裏返った。
隣の奏者までつられて入りを外す。
音楽が崩れイルミの手が止まる。


ヴァイオリン奏者は弓を構えたまま動かなかった。
イルミが見ている。
黒い瞳が、まっすぐこちらを向いていた。
奏者の喉が鳴った。
隣から、ごく小さな声がした。

「……お前、今の何だよ」
「喋るな」
「でも」
「喋るなって」

イルミはまだ睨んでいる。
二人とも、動けなかった。
"あの夜"のことが思い浮かぶ。
/ 234ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp