第17章 探究者達
「忙しそうじゃな」
「まあね」
「様子を見に来た……と言いたいところじゃが」
机の上には譜面の山が積まれ、椅子の背には上着が雑に掛けられている。
放置され冷めた昼食もまだ手付かずのままだ。
ゼノはそれらを一瞥するとイルミに向き直る。
「実は、今日はキキョウさんの代わりに打診に来た」
「母さんの? 何を?」
「ニナの婚約の儀についてじゃ」
「……」
「出席できるか確認に来た」
イルミは呆気に取られたように数秒だけ黙った。
日程を探るまでもない。
「無理」
「そうか」
ゼノはそれ以上何も言わずただ部屋を見回した。
「では、キキョウさんにはわしから伝えておく」
「そうしてくれると助かる……」
イルミは、この状況でキキョウ本人が現れていたらと、救われた思いで密かに胸を撫で下ろした。
「それにしても……。とっ散らかっておるのう」
「仕方ないでしょ」
「まあいい、話はそれだけじゃ」
ゼノは返事を待つこともなく、静かに立ち上がった。
イルミは思わず声を上げた。
「もう、帰るの!?」
「用は済んだ」
「待ってよ。爺ちゃん」
「なんじゃ」
「せっかく来たんだから、ストリングスだけでも書いてってよ」
ゼノは振り返り、呆れたように鼻を鳴らす。
「馬鹿いうな。お前の仕事じゃろ」
「このラストの歌曲」
イルミはテーブルの上へ楽譜を広げた。
「ここだけでいいから」
ゼノはちらりと譜面を見る。
「……自分で書け」
「書けないから言ってる」
イルミは真顔だった。
「爺ちゃんのストリングス、なんかズルい。ラストだから、ここで一気に厚み増やして盛り上げたい。本当にここだけ」
「阿呆」
楽譜を軽く指で叩く。
「わしは何十年も音楽に仕えてきた」
「……」
「私情を挟まん。ただ音を聴く」
静かな声だった。
「そうしておれば、旋律は向こうから来る」
イルミは眉を顰める。
「そんなこと言ってる場合じゃないんだ」
ゼノは続けた。
「音楽は作るものではない」
「……」
「神から授かるものじゃ」
イルミは溜息をついた。
「だから、その話はいいから」
「とにかく自分でやれ」
「ケチ。爺ちゃん暇そうなのに」
「わしは暇ではない」