第17章 探究者達
「作曲家は音をただ並べてるんじゃない。全ての音には行き先がある。だから、どこへ向かってるか読める」
エレオノーラは側に立つイルミを見上げた。
「エレオの歌は上手い。でも作曲家がどこへ向かわせたい旋律なのか読もうとしてない」
「……」
「忘れるな。歌手も奏者も、作曲家の意図を音にするためにいる」
作曲家本人が口にするには、随分な言い方だと思う。
けれど、それが音楽の常識だとしたら、自分は何か大きな勘違いをしていたのかもしれない。
「旋律は作曲家のものだ」
音楽が作曲家のものだとしたら――音楽は自分の歌を聴かせるためのものではなかったのだとしたら。
一体、今まで何を歌っていたのだろう。
「前の版を見る前に、まず音楽を読む。それで流れを予想する。答え合わせに原稿を見る」
「……」
「その方が早いしミスの出方も変わる」
エレオノーラは瞬きすら忘れていた。
「音楽はひとつの頂点に向かって進んでいる」
イルミはペンを机へ戻した。
「できるね」
フレーズの呼吸を読む――その言葉を聞いた瞬間、エレオノーラは音楽院の教師の言葉を思い出した。
『もっと呼吸を感じなさい』
『フレーズを歌いなさい』
何度も聞いた言葉だった。
その頃のエレオノーラは、それを「もっと気持ちを込めて歌いなさい」という意味だと思っていた。
だから必死に感情を作り、そこに乗せようとしていた。
けれど――。
初めて、あの言葉の意味が分かった。
フレーズの呼吸とは精神論ではなかった。それは人体が自然に求める息遣いであって、作曲家はその呼吸に合わせて音楽を書いている。
だから音は次の音へ向かい、フレーズは流れる。
初めて腑に落ちた感覚だった。
エレオノーラはもう一度譜面へ目を落とす。
先ほどまで黒い点の羅列にしか見えなかった音符が、一本の旋律として繋がっていく。
「ここへ向かう」そう思ったら、不思議と次の小節が自然に読めた。
前の版へ伸ばしかけた手が止まる。
まず音楽を読む。答え合わせは、そのあとでいい。
ペン先は先ほどより迷わず五線譜を走っていた。
先程までは作業に追い立てられていた。
けれど今は違う――音を追いかけている。
(この先へ跳ねていく音を捕まえてみたい……!)
エレオノーラの青い瞳に、再び輝きが宿った。