第16章 喧騒の交差点
ライネルはふと視線を上げる。
「怖いか?」
何が、とは聞かなかった。
ニナの頭には色んなことが浮かぶ。ライネルの出航。婚約も未来も。
「……少しだけ」
ライネルは頷く。
「それならよかった」
「え?」
ニナは顔を上げた。
「全く怖くないなら、君は私をまだ知らない」
「……ライネル様?」
ニナはぱちりと瞬く。
「そんなこと言うんですね」
「言うさ」
ライネルは肩を竦めた。
「私はそこまで善人じゃない」
その言葉にニナは不思議と安心した。
怖さは消えていない。
けれど以前とは違い知らない未来へ怯えているだけではなかった。
少しだけ、その先を見てみたいと思っている。
遠くで時計が時を告げる。
ニナはふと気づく。
いつの間にか、この人といる時間を自然に受け入れていることに。
それは激しい感情ではないけれど確かな変化だった。
ライネルはそんなニナを見ながら小さく笑う。
「安心しろとは言わない」
予想していた言葉とは違った。
「海はそういう場所じゃない」
ライネルは窓の外へ目を向けた。
港には帆を畳む船員達の姿が見える。
「でも帰るつもりで出る」
ニナの心臓が小さく跳ねる。
ライネルはグラスを置いた。
「港へ帰る理由があると、人間案外頑張れる」
その視線がまっすぐ向けられる。
ニナは思わず息を止めた。
からかわれている訳ではないけれど真面目に受け止めるには照れくさい。
「私はそんな……」
「そんな?」
ライネルが首を傾げる。
ニナは言葉に詰まった。自分が誰かの支えになれるなど考えたこともない。
ライネルは困ったように笑った。
「君は自分を過小評価し過ぎだな」
そして少しだけ視線を和らげる。
「無事を願ってくれる人がいるだけで十分だ」