第16章 喧騒の交差点
それは宮廷音楽とも、演奏会とも違う話だった。もっと生活に近く、誰かの日常に寄り添う音楽。
「音楽って不思議ですね」
ニナはぽつりと零す。
ライネルは頷いた。
「そうだな」
少しだけ視線を細める。
「人間は案外どこでも歌う」
その言葉が妙に印象に残った。
戦のある国でも、貧しい港でも、遠い異国でも。人は歌う。
「君は音楽が好きなんだろう?」
突然問われて、ニナは少しだけ戸惑う。
「……はい」
好きだと認めるのは少し怖かったけれど否定は出来なかった。
今日の糧に困りながらも弦を張り替える父も、用事をしながら鼻歌を歌う母も、そしてゾルディックの屋敷のどこかから聞こえてくるピアノの音も
――音楽はいつも、ニナがどこか抱えた寂しさを癒してくれた。
「歌っていると、少しだけ勇気が出る気がして」
ライネルは静かに笑う。
「それでいいんじゃないか」
「え……?」
「好きなものを、無理に誰かと同じ形で愛する必要はない」
ライネルがテーブルに置いたグラスの中で氷が僅かに回る。
「演奏家になる人間もいる。作曲家になる人間もいる。酒場で歌うだけの人間もいる」
ライネルは氷を見つめながら続けた。
「聞く専門だって立派な楽しみ方だ」
ニナは黙り込んだ。
そんなことを言われたのは初めてだった。音楽は生きる為に学ぶものだと思っていたし、やる以上は上手くならなきゃいけないものだと思っていた。
けれど。
ただ好きなだけでもいいのだろうか。
「好きだからといって、全部知らなきゃいけない訳じゃない」
ライネルは窓の外を見た。
「世界には色んな音楽がある」
海上では帆柱がはためいている。
それを見つめるニナの頭の中には、見たこともない港の景色が広がっていた。
波止場で歌う船乗り。
祭りの太鼓。
酒場の笑い声。
知らない国の旋律。
そのどれもが、胸を小さく叩く。
「いつか聞いてみたいです」
気づけばそう呟いていた。
ライネルは満足そうに目を細める。
「その時は案内しよう」
その言葉は約束のようでいて、約束ではなかった。