第16章 喧騒の交差点
北海沿岸のヴェルハイト領。
港町の喫茶店。
窓の向こうでは、潮風に帆柱が軋んでいた。ライネルはグラスを傾けながら外へ目を向ける。
「あとひと月もすれば出航だ」
ニナは小さく頷く。
分かっていたことなのに、胸の奥が少しだけ重くなる。
「長い旅になるんですか?」
「今回は北の航路だからな」
ライネルは肩を竦めた。
「順調でも数ヶ月。海が荒れればもっと長い」
冗談めいた口調だった。けれど船乗りにとっては当たり前の現実なのだろう。
ニナは眉を寄せた。
「危なくないんですか?」
ライネルがグラスに口を付ける。
「船旅だからな。そういうこともある」
「嵐とか」
「ああ」
「怪我とか」
「ある」
「船が沈んだり……」
「可能性はあるな」
あまりにもあっさりした返事だった。
ニナは思わず黙り込む。
ライネルはその横顔を見つめていた。
そしてふっと笑う。
「心配してくれてるのか」
ニナは少し困ったように笑う。
「だって、危ないんでしょう?」
小さな声だった。
「危ないなら、心配します」
ライネルが一瞬だけ目を見開く。
それからまた笑った。
「そうか」
暫く二人の間を沈黙が落ちる。
その静けさを埋めるように、遠くから誰かの歌声が聞こえた。
窓の外を通った酔客だろう。調子外れな歌だったが妙に楽しそうだった。
ライネルが小さく笑う。
「港町らしいな」
ニナも思わず笑ってしまう。
「少し下手ですね」
「かなり下手だ」
二人は顔を見合わせた。
ほんのりと空気が和らぐ中、歌声はやがて遠ざかっていった。
「でも」
ライネルはグラスを揺らした。
「嫌いじゃないな」
ニナは首を傾げる。
「そうですか?」
「ああ。上手い下手より、その土地の人間が何を歌っているかの方が面白い」
ライネルは少し考えるように続けた。
「北の港では漁師が網を引く時に歌う」
「網を引きながらですか?」
「息を合わせるためだな」
「へえ……」
「南へ行けば酒場で朝まで歌ってる連中もいる。東では祭りの度に太鼓が鳴るし、西では子供達が路地で歌っている」
ニナは静かに耳を傾ける。