第16章 喧騒の交差点
翌朝。
エレオノーラは朝食の載ったトレイを抱えた従者と共にイルミの部屋の前へ立った。
昨夜の晩餐会は遅くまで続いていた。
今日はまだ休んでいるかもしれない。
そう思いながら扉へ手を掛けた、その時だった。
「だから、そのまま写せばいいだろ」
部屋の中から聞こえた声にエレオノーラは足を止める。
「そのままと仰いましても!」
聞き慣れた写譜師の声だった。
「この赤字では判読できません!」
「読める」
「読めません!」
何事だろうと、エレオノーラは勢いよく扉を開ける。
部屋の中央では机を挟み、イルミと写譜師が睨み合っていた。
机の上には総譜が山のように積まれている。写譜師はそのうちの一冊を持ち上げた。
「この部分です!」
指差された部分には赤ペンで何かが書き込まれているが、確かにエレオノーラが見てもよく分からない。
「第二ヴァイオリンへ移る前にスタッカートを付けろって意味」
「そう読めません!」
「前の版を見れば分かる」
「推測では写したくありません!!」
写譜師の声は半ば悲鳴だった。
「ここもです! スタッカートがありません!」
「前の版と同じだから省略した」
「省略しないでください!」
「それくらい分かるだろ」
「分かりません」
エレオノーラは思わず口元を押さえる。
どうやらイルミは昨夜のうちに相当量を書き直したらしい。
しかし写譜師は今にも倒れそうな顔をしながら懇願した。
「先生、一度清書なさってはいただけませんか?」
「嫌だ」
その言葉に写譜師はとうとう倒れ込んだ、かと思えば床に両手を付きそのまま頭を擦り付ける。
「お願いします! どうか!」
「時間がないから無理」
写譜師は数秒黙り込む。そして静かに顔を上げた。