第16章 喧騒の交差点
演奏が終わり拍手と歓声が上がる。
「ブラボー!!」
イルミは立ち上がり、一礼する。
「素晴らしい……」
「ぜひ祝いの席へ!」
グラスが差し出され、断る暇もなく酒が注がれた。
「やはり天才だ!」
「さすが王女殿下が目をかけるだけある」
貴族達は上機嫌だ。
王は鼻高々に隣国の使節にイルミを紹介した。
エレオノーラは少し離れた柱の陰から、その様子を見ていた。
皆、楽しそうに笑っている。
イルミも穏やかに応じている。
けれど。
(……違う)
注がれたワインを受け取ったイルミはグラスを唇へ運び、一口だけ含んだ。
「本当に暑くなってまいりましたね」
誰かの言葉に、イルミは小さく頷き指先で首元のボタンを一つ緩めた。
「ええ」
開いた窓から夜風が流れ込み、重たいカーテンが微かに揺れる。それでも部屋には人が多く熱気が籠っている。
エレオノーラはふと目を瞬く。
イルミが自分から襟元を緩めるのは珍しい。
涼しげな表情は変わらない。けれど、その仕草だけが僅かに疲労を物語っているように見えた。
結局、その日の晩餐会は夜遅くまで続いた。
エレオノーラはイルミの元へ歩み寄る。
「……先生。それではお休みなさい」
「うん、それじゃ」
アパートへ戻り扉が閉まると、先ほどまでの喧騒が嘘のように消えた。聞こえるのは窓の外の噴水の音だけだ。
イルミはジレを脱ぎ、椅子の背へ掛ける。
そのまま机へ向かうと、書きかけの総譜を開いた。
(第二幕終盤の転調か)
晩餐会で弾いている最中から引っ掛かっていた箇所だった。
ほんの少しだけ確認するつもりだった。
ペン先が五線譜の上を走る。
一段。
また一段。
気付けば窓の外はすっかり静まり返っていた。それでもイルミの手は止まらない。
やがて東の空が僅かに白み始める。
噴水の音に混じって鳥の声が聞こえた。