第16章 喧騒の交差点
アパートの部屋に戻り次第イルミは机に向かう。
清掃が入ったのだろうか。目の前の窓が開かれていた。
これまでに書き終えた第一幕、第二幕の二十数曲を全て見直し早急に写譜へ回さなければ間に合わない。
総譜を広げ、早速修正箇所に赤線を入れていく。一刻も無駄にはできなかった。
コンコン
扉がノックされる。
「先生、そろそろお時間になります。ご準備をお願い致します」
ドア越しの従者の声に机の上の置き時計を見る。気付いたら晩餐会まであと三十分だった。
「もう少しだけ」
イルミは譜面の三段目に置かれた終止符のところまで作業を進め、それからペンを置きインク瓶の蓋を閉める。
見れば袖口をインクが少し汚している。
「…はぁっ」
息を落として立ち上がる。
開け放たれた窓からは中庭の噴水が絶えず水音を立てている。
ときおり風が吹き込むたび、机の上の譜面がかさりと揺れた。
イルミは汚れたシャツを脱ぎ、代わりに白いリネンシャツへ袖を通した。柔らかな袖口が揺れる。その上から緑がかった濃紺のジレを重ねた。
イルミはボタンを留めながら壁に立てかけてある鏡を覗きこむ。頭を過ったのはキキョウからの手紙の内容だった。
「……流石にラフすぎるか」
イルミは整髪料を数滴手に垂らし両掌に広げると髪を後ろに流し軽く固定する。鏡の中、袖のボタンが光を跳ね返す。
「こんなもんで十分だろ」
一人小さく呟くと、執事からもまた声が掛る。
「イルミ様、お時間でございます。宮廷へ急ぎましょう」
「……煩いな。今行くってば」
真夏の王都は心なしか街ゆく人々も高揚して見えた。だが、イルミには関係ないことだ。