第16章 喧騒の交差点
イルミを追ってリハーサル室を出たエレオノーラは、階段の踊り場の方から聞こえてくる声に足を止めた。
「そこを何とかなりませんか」
「何とかって、こっちも急ぎだから」
声のする方へ向かうと、イルミと従者が何やら揉めている。
「ですが、皆様楽しみにしておられます」
「そう言われてもね」
イルミがこちらへ気付き、何か言いたげな視線をよこす。
「イルミ先生、どうなさったのです?」
「いや、今夜の晩餐会に来てくれって」
「ああ」
エレオノーラは納得したように頷く。
「確かに今夜は父が隣国の使節を招いておりますわ」
「はい。殿下のおっしゃる通りでございます」
ほっとしたように頷き、体の前で両手を捏ねる従者の様子にイルミは眉を寄せる。
「だから俺が行く必要ある?」
「そうね。先生はお忙しいでしょうし、また別の機会でも――」
エレオノーラが助け舟を出しかける。
しかし従者は困ったように首を振った。
「いえ、その……陛下が、ゾルディック先生にもぜひお越しいただきたいと」
「父上が?」
エレオノーラは思わず目を瞬く。
「左様でございます」
沈黙が落ちた。
直後、イルミは僅かに目を閉じる。
歓迎していないことは明らかだった。
だが、相手はルドルフ大王となると流石に無下にはできない。
「……晩餐会は何時から?」
従者の顔がぱっと明るくなる。
「十七時からでございます」
「そう」
その返事を聞き、従者は安堵したように深く頭を下げた。
「それでは、お待ちしております」
慌ただしく去っていく背中を見送りながら、隣をそっと見上げるとイルミは既に別のことを考えているようだった。
「先生」
呼びかけると、黒い瞳だけがこちらへ向く。
「悪いけど」
短く切られる。
「改訂にすぐ取り掛からないとアイツらに楽譜を回せないから」
「ええ、そうですわよね」
エレオノーラは微笑んだ。
けれど胸の奥が重い。
「それじゃあ」
歩き出したその背中をエレオノーラは見送る。
――少しぐらい休んでほしい。
そんな言葉を口にしたところで結局、楽になるのは誰なのだろう。
無駄になるだけだ。