第16章 喧騒の交差点
「ゾルディック先生」
返事がない。
聞こえなかったのかと思い、もう一度呼ぶ。
「イルミ先生」
それでも反応がない。
エレオノーラは首を傾げた。
総譜を見つめる横顔は妙に静かだった。
瞬きすらしない。
その不自然さに、エレオノーラの眉が僅かに寄る。
「……先生?」
その時、イルミの身体が僅かに揺れた。
ぱちり、と目が開く。ほんの少し遅れて黒い瞳に焦点が戻った。
「……ああ」
ようやく顔が上がる。
エレオノーラは思わず眉を寄せた。
「ああ、ではありませんわ」
「……エレオ?」
「今、もしかして寝ていました?」
「いや」
即答だった。だが間違いなく意識は飛んでいた。
「寝ていましたわ」
「寝てない」
「立ったまま?」
「考えてただけ」
どうやら本人に自覚はないらしい。
それ以上追及するのは諦めて、エレオノーラは歌手達の輪へ戻っていった。
結局、その日の歌合わせは殆ど進まなかった。
歌手達は後半開始と同時に控え室へ下げられたまま待機となり、稽古の大半はオーケストラへ費やされていった。