第16章 喧騒の交差点
ぱたぱたと譜面を閉じる音がした。
持参した水筒の蓋を開ける音。椅子が軋む音。張り詰めていた空気が少しずつ解け、楽団員達はそれぞれ肩の力を抜いていく。
「はぁ……」
誰かが大きく息を吐く。
「あー、生き返る」
「まだ一時間も経ってないぞ」
「五分だよ! 五分で寿命が縮んだ」
その言葉に周囲から笑いが漏れた。
「ウイング先生は相変わらずだな」
「音楽院の?」
「ああ。当時と全く変わってない」
その会話にウイング本人もいつの間にか加わった。
「貴方達は少し変わりましたね」
にこやかな声が降ってくる。
「音楽院時代はあんなにオペラをやりたがっていたのに」
団員達の何人かが顔を見合わせた。
「先生、この状況ですよ。同じではいられませんって」
「音楽院は貧しい俺達のことを特待生として音楽を学ばせてくれた。今思えば楽しかったな」
「飯も出たしな」
「最近じゃ戦争ばっかりだ。やっと音楽の仕事ができると思ったらこれだ」
「食っていけるだけマシだろ」
トランペット奏者が肩を竦める。
「宮廷に勤めてれば食いっぱぐれはしない」
「安月給だけどな」
団員達はそこでまた笑った。
「でも……俺はやっぱりオペラはワクワクするな」
若いヴァイオリン奏者が譜面を軽く叩く。
「それにゾルディック先生も性格はアレだけど、曲はなんか良くないか?」
「アレだけどな」
「アレだけど」
何人かが頷く。
「……確かに弾きやすいんだよな。不思議と」
「わかる」
「指が自然に動く」
「フレーズに無理がないっていうか、まるで自分が上手くなったような気がする」
「お前ら宮廷の仕事だけで食っていけるから余裕なんだよ」
今度はチェロ奏者が苦笑した。
「うちなんて戦争で父親を亡くした親戚の子まで面倒見てる。宮廷楽団の給金だけじゃ無理だ」
「あー……辛いな」
「つーかゾルディック先生、さらっと要求してくるレベルが高すぎるんだよ」
「耳が良すぎる」
「何であそこまで聞こえるんだ?」
「さあ?」
「曲数も多いし」
「時間もないし」
「それは王宮のせいだけどな」
「まあ、そこは確かに先生のせいじゃない」