第15章 五線譜の牢獄
『親愛なる父さん。
変わらずお元気ですか。
本日、クラリネットが欠席して指揮棒を空振りました。
楽団員も思うようには動きません。
また、本来このようなことを申し上げるのは慎むべきことですが、写譜師が真面目なのは大変結構なものの、融通が利かない男です。真面目な人間というのは時として厄介なものですね。
そろそろ我慢の限界かもしれません。
いったいどうしたらよいのでしょうか。
イルミより』
「……」
イルミは顔を思い切り顰めた。
――馬鹿らしい。
そんな手紙を書いてどうする。
第一、父だって忙しい。王都とククルーマウンテンは遠い。助けになど来られるはずがない。
「……」
それに、本当に送ったとしても恐らく返事はこんなものだろう。
『イルミへ
手紙は読んだ。
楽団員が思うように動かないとのことだが、お前は楽譜以外の書類にも目を通しているのか。
契約書、予算表、稽古日程、出席表も全てだ。指揮者が見るべきは総譜だけではない。
お前は昔から目の前の音楽しか見ていない。今回止まったのはクラリネットではない。
写譜師の件は知らん。
シルバ=ゾルディック』
「……」
イルミは無言でその妄想を握り潰した。それから、長く息を吐き出した。
――こんな時、父はどうしていたのだろう?
だが直ぐに視線を五線紙へ落とす。
考えるべきはクラリネットではない。
締切だ。