第15章 五線譜の牢獄
『イルミへ
グランツェ王都へ無事到着したとの報せを受けました。
まずは何事もなく旅路を終えたこと、母として安堵しております。
されど、これより先は貴方が向き合わねばならぬ事は多くありましょう。
その折に少しでも思い出せるよう、幾つか言葉を残しておきます。
第一に、髪は毎日洗い、櫛を通しなさい。
音楽へ心を傾けることと、身なりを整えることは別の務めです。
肌着はこまめに替え、同じシャツを幾日も着続けてはなりません。
第二に、食事を疎かにしてはなりません。
茶だけで済ませたり、菓子だけで腹を満たしたりすることは禁じます。
朝昼晩、必ず肉か魚を一切れは口にしなさい。
また、乳と野菜や果実の搾り汁も忘れぬように。
木の実も折を見て食べなさい。
珈琲や紅茶はほどほどに。
第三に、睡眠を軽んじてはなりません。
忙しいとは思いますが、作曲は出来る限り陽のあるうちに済ませなさい。
夜更かしは肌を荒らしますゆえ、母は許しません。
また、王宮の方々への礼節を忘れぬように。
人と言葉を交わす時は足を止め、相手の顔を見て応じること――
(中略)
――以上です。
どれも母として当然のことを申したまで。
貴方には取るに足らぬ忠告と思われるかもしれません。
けれど、その一つ一つを案じながらこの手紙を書いた母の気持ちを、どうか忘れないでください。
暑さ厳しき折、どうか身体を大切に。
貴方を愛する母より。
キキョウ=ゾルディック
追伸
開幕まで日がないようだな。だが、それはお前だけの都合ではない。王宮の仕事なのだから周囲を使え。それも仕事だ。
困ったら手紙をよこせ。
シルバ=ゾルディック』
イルミは白い指先で手紙を折りたたむと封筒へしまい直し、デスクの引き出しの中に入れた。
リハーサル室で見かけた、音楽院の教師が連れていた子どもの姿が頭を過ぎる。
『困ったら手紙をよこせ』
困ったら、ね。
イルミは鼻で笑いながら指先に挟んだペンを宙に回してみる。今度は長かった。長く回してるうちに、頭の中に一通の手紙が浮かんでくる。