第15章 五線譜の牢獄
アパートに戻ったイルミは椅子へ腰を下ろし、譜面に向かっていた。
だが数小節書いたところで手が止まる。
頭の中で先程のリハーサルが蘇った。
――妙だな。
今までのオペラでこんなことはなかった。
独奏者が来ない。代役が吹けない。そんな場面に遭遇した記憶がない。
ペン先を紙へ押し当てたまましばらくイルミは考える。
――いや。
正確には違う。
イルミは今まで何度もオペラを書いてきた。
作曲をして、指揮をして。
役目が終われば舞台袖のピアノへ戻っていた。
いつでもピアノをただ弾いていた。
それから――脳裏に蘇ったのは父親の姿だった。
厳格な父はいつでも確かにイルミの隣にいて、一秒足りともピアノを弾くのを休ませない。その為に自分を監視しているのだとそう思っていた。
少なくとも今までは。
だが、それだけではなかった。
シルバは舞台袖のイルミに必ず課題を与えた。イルミはピアノから離れることは許されないまま、何となく聞き耳を立てていた。
ピアノを弾くイルミの横で、シルバは書類を沢山抱えて誰かと何かを話していた。
オペラはまずゾルディック家に依頼が来て契約も、劇場との交渉も、楽団との調整も、何もしなくても全て整っていた。
今まではシルバがいて、イルミの役目は音楽を作ることだけだった。
劇場へ行けば父がいる。
それが当たり前だった。
だが今回は違う。
依頼は直接イルミ=ゾルディックが引き受けた。契約は全て自分名義だ。
イルミはくるりくるりと宙へペンを回した。
「……面倒くさ」
ひとり呟いたその時、デスクの端の手紙に目が止まる。イルミは封を切り中の紙を広げる。