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【H×H イルミ】黒と白のアリア

第15章 五線譜の牢獄


王立歌劇場のリハーサル室は想像していたより広かった。

舞台稽古も行えるよう設計された空間には、譜面台が整然と並び、その奥には椅子を並べた楽団席が広がっている。
紙を捲る音や椅子を引く音、それに小さな談笑といった様々な音が混ざり合い、まだ音楽になる前の雑然とした空気だった。
弦楽器の調弦があちこちで響き、金管楽器は低く唸るような音を吐き出しながら息を温めていた。やがてオーボエが基準音を鳴らし、ヴァイオリンがそれに重なっていく。



今日は、イルミがグランツェのアパートに到着してから初のリハーサルだった。

イルミはリハーサル室に入るなり指揮台へ上がる。

団員達は、皆それぞれ譜面へ目を落としていたが、イルミに気付いた者から順に視線が指揮台へ集中し、やがてざわめきが静まる。

イルミは第一幕の総譜を開く。

最初に確認するのは第一幕中盤の重唱で、この作品の核になる曲の一つだ。
兵士達が勝利を祝う場面。
頭の中では既に何百回も鳴っている音だが、実際の人間が演奏するのは初めてだった。


「第三十七小節から」

静かな声が落ち指揮棒が上がった。

空気が冷たく張り詰める中、――最初の音が鳴った。


高い天井へ音が吸い込まれていく。
弦が旋律を受け渡し、その上を木管がなぞる。
イルミは瞬きを忘れた。
紙の上に並んでいた黒い記号が音となり現実へ姿を現していく。
イルミの睫毛が微かに揺れる。

指揮棒が上がれば音が生まれ、下ろせば消える。
一人の思考が数十人の動きを操るかのように、人間達は譜面に従い、旋律に従い、やがて感情までもその流れに飲み込まれていく。
その様子を見下ろしていると、口元が僅かに緩んだ。

毎回そうだった。
曲が完成した時でもない、譜面を書き終えた時でもない、五線譜を刻む黒い意志が現実を支配し始める瞬間、その時だけは自分の創造した秩序が空間に侵食していくようで、愉快な気分になる。

イルミは目を細めて息を短く吸うと、指揮棒をまた振り上げた。
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