第15章 五線譜の牢獄
写譜師は部屋に入るなり机にどさりと書類を置くと、その中から台帳を取り出す。
「まず、現在の写譜状況ですが、第一幕は既に宮廷楽団に配布済みです」
「そう」
「第二幕以降は完成次第、即日写譜へ回します。進捗次第ではございますが、公演日程から逆算しますと、残りの楽譜は7月中にはお預かりしたく」
「……」
「本日は完成した総譜を受け取りに参りました。お預かりできる楽譜はどちらでしょうか?早速取り掛からせていただきます」
「ああ、……うん」
イルミは頭を掻くようにして、被せてあったタオルを肩に滑らせた。
「今回は、オーケストラ、合唱ともに通常公演の三倍近い部数になりますので早めにお預かりさせていただきたく存じます」
「……わかった」
イルミは荷解きの際に机へ積み上げていた譜面の束へ手を伸ばした。
揺れる馬車の中で書き殴った第二幕の一部を抜き取り、写譜師へ差し出す。
「はい」
「ありがとうございます」
写譜師の男は深々と頭を下げて受け取った。どうやら、完成総譜を確保できたことにひとまず安堵したらしくその表情が僅かに緩む。
だが次の瞬間には再び真面目な顔へ戻った。受け取った譜面を脇へ抱え直し、台帳を開く。
「それから第一幕について、楽団より幾つかご相談がございまして……」
写譜師の声色が少しだけ重くなる。
「第二ヴァイオリンのこの部分ですが……」
「……」
「ホルンも少々難しいとの声がありまして……」
イルミは眉間を寄せる。
「どこが難しいの?」
「まだ初回練習前でして、具体的なことは私にはわかりませんが、楽団員からの修正要望があったということをまずはお伝えさせていただいております」
「……」