第15章 五線譜の牢獄
屋根を雨音が叩く。
イルミは書きかけの楽譜を雑に揃えると、ふと窓へ視線を向けた。
馬車は川沿いを走っていた。
灰色の水面へ無数の雨粒が落ち、そこから波紋が広がっていく。
広がる渦と渦が重なって消える。
イルミはしばらくそれを眺めた。
規則的な揺れが意識の奥に染み込みだす。
止まない雨音。
車輪の軋む音。
その奥に川の流れる音。
それらはいつしか一つのオーケストラになっていた。
イルミは座席に背を預け、目を閉じた。
頭の中では第二幕の合唱が鳴っている。
旋律が流れ、その下を波紋の広がりが浮かんでは消え、また浮かんでは消える。
やがて旋律と波紋は境目を失っていった。
ごとり。
車輪が石を踏む。
イルミは薄く目を瞬いた。
数拍分の思考が抜け落ちている。
ぼやけた視界の向こうで川面が流れ、
落ちた雨粒が円を描く。
合唱の構成を考えるつもりだったが、気付けば波紋と波紋がぶつかる位置ばかり見ている。
イルミは座席の隣へ置いていたジャケットを手に取ると、空いたスペースへまとめた楽譜を放った。
紙束がバサリ、と座席へ崩れるがイルミは気にも留めなかった。
ジャケットを広げてそのまま顔へ被せる。
「着いたら起こして」
「畏まりました」
返事を聞き終える頃にはもう目が閉じかかる。
――――馬車が揺れるたびに傾いた頭が木の壁へ触れた。
ごつ、と鈍い感触にイルミは薄く眉を寄せたが身体はだらりとしたまま動かなかった。また、ごつり、と壁に頭がぶつかる。
痛いという程でも、心地良いという訳もない。
ただ不思議とそのままでいた。
雨粒が落ちて川に流れる。
その脇を進む馬車の中、イルミは目を開けなかった。
雨音がだんだんと遠くなる。
それでも尚、波紋は規則正しく瞼の裏に広がっていく。
その渦巻きの中心にイルミは意識を沈めた。