第14章 災厄の到来
馬車は夏の街道を走っていた。
車輪が石を踏む。
ごとり。
小さな揺れが座席を伝い、インク壺の中で黒い液面が揺れた。
イルミは膝の上に広げた五線譜へ視線を落としたまま、ペンを走らせている。
紙の上を掠るペン先の音。
車輪の軋み。
馬の蹄。
遠くで鳴く鳥の群れ。
混ざり合い流れていくそれらの音は意味は持たない。
ただ譜面だけがそこにある。
指先が紙の上を滑り、数小節を横線で消し、書き加える。
進み続ける馬車は、削られていく時間そのものだ。
馬車は無情にもグランツェ王都へ近づいていく。
第一幕は既に送り、今頃は楽団へ配られている。
数日後には練習が始まるだろう。
だが第二幕はまだ途中。
第三幕は白紙に近い。
時間が圧倒的に足りていない。
厚い雲が太陽を覆い、馬車の中が暗くなった。
五線譜へ落ちた影が揺れる。
窓から吹き込んだ風が黒髪を掠めていった。
譜面の端が捲り上げられ、イルミは無意識に紙を押さえた。
視線は上がらないまま。
どこか遠くで雨の匂いがした。