第14章 災厄の到来
書斎に籠もる生活が続いた。
朝も昼も夜も関係ない。
机の上には書き殴った楽譜が積み重なり、それらを照らしている蝋燭だけが短くなっていく。
イルミは書きかけの総譜へ視線を落とす。
第一幕序盤。
弦が動き、木管が応じる。
その上から金管が一斉に音を放った。
劇場全体を震わせるようなファンファーレが鳴る。
「悪くない」
だが次の瞬間、イルミは眉を寄せた。
音が続かない。
トランペットが息切れしている。
まるで開戦と同時に弾薬を撃ち尽くした兵士だった。
「……長いか」
イルミはそう呟き、数小節を線で消す。
これでいい。
最優先は派手さではなく、最後まで戦えることだ。
第一幕終盤の合唱。
勝利を讃える場面だ。
本来ならもっと厚くできる。
弦を細かく動かし、金管を重ね、合唱も三声ではなく四声にした方が華やかになる。
だが、ペン先が止まる。
「無理だな」
イルミは数小節前へ戻り、書き込んだばかりの音符を二つ消した。第一ヴァイオリンがここで転ぶのが見えたからだった。
音合わせで見たところ音自体はそこまでひどくない。だが速いパッセージになると途端に指が追いつかなくなるのだ。
なら最初から書いても意味がない。転ぶくらいなら最初から削ったほうがいい。
どうせ客席にはそこまでは分からない。
イルミは再び譜面へ向かう。
音を削る。また削る。
華やかさは多少なりとも失われる。その代わり一音一音の息が整い、音が濁らなくなる。
今必要なのは傑作ではない。
初演を成立させることだった。
第一幕中盤の間奏部。
今度は打楽器へ目を向ける。
ティンパニを一打。
低く重い音が劇場の床を這う。
遠雷のようにも聞こえるし、数千の軍勢が進軍する足音にも聞こえる。
「これだな」
イルミは少しだけ口元を緩めた。
その余韻へチェロが重なる。
重装歩兵が隊列を組むように。
その上をヴァイオリンが走る。
また、先頭を走る第一ヴァイオリンが足をもつれさせる。
「速すぎるか」
イルミはまた音符を削った。